| 初めてハワイに行ったのは、20歳のときだった。地元のスーパーのハワイご招待プレゼントに応募して、当たり・・・いやハズレ、
「しかし、残念賞としまして、今回こんなお得なお値段でハワイ旅行をご提供させて頂きます」
の通知に喰らいついたのが行くキッカケだった。今にしても思えば、全然安くない、ただの集客目的のツアーだったんだけど(だって10万だよ)
「やったーーー! ラッキー!」と友達を誘って行ったのが初ハワイ。
ハワイ。初ハワイの感想は「絶対に結婚してハワイに住む!」だった。ホノルルからの帰りのフライトでは窓から見える段々と遠ざかる真っ青な海に「I shall return〜〜」と窓に向かってそう叫んでいたほど。
客室乗務員をしていた時、乗務員の女の子の中で「アメリカ好き」と「ヨーロッパ好き」という両極の好みがあって、大抵アメリカ好きはヨーロッパ嫌い、ヨーロッパ好きはアメリカ嫌いの傾向があった。殆んどの女の子はヨーロッパ好きで、私は数少ないアメリカ好き(それも異常なほど)だったら、皆から珍重されていた。フライトスケジュールがぴったり同じ期間であれば、両者納得の上なら申請して交換してもらえるというシステムがあったからだ。私は通常高値で取引されている(冗談金銭は絡まないんだけど)パリ便、ロンドン便を惜しげもなく、LA便やそれこそアラスカ便にまで交換していたから。でもそんな中、アメリカ好きもヨーロッパ好きも関係なく皆が好きで譲らなかったところがあった。それが「ハワイ」と「イタリア」なんですね。皆がハワイ、ハワイとこぞって旅行に行くのもわかる。ハワイってやっぱり秀でてて魅力的場所なんだと思う。
さて、新婚まだ間もないある月のこと。1ヵ月後夫が社員研修でホノルルに行くことが決まったのだ。彼にとっては初ハワイ、研修は1日で終わり、自由な時間も沢山あるという。私は何としても時期同じくしてホノルルに行きたい! と思った。
(あの頃は愛が溢れていたわ〜)
彼とのホノルルでのステキな時間を考え、胸が高鳴った。しかし、有給休暇を申請するには間に合わない、神よ、どうかその日、私にハワイ便を〜と祈るしかなかった。待ちに待ったスケジュール発表の日。ドキドキしながらスケジュールを見ると、オオオオオォォォォーーーーーマイ ガーーーーーーーーーのソウル3泊。かなりきついフライトだった。ソウルを拠点に日本の地方都市を毎日往復しまくるという激務でありながらフライトペイは稼げない勘弁してよスケジュールである。で、夫がホノルルにいる間にホノルル便に乗務する日本人は・・・と見るといた! 同期ではないか! 先輩には頼めない、まだ同期であったというだけで望みはある。しかし、ホノルルとソウル3泊というスケジュール、果たして換えてもらえるだろうか? 交換条件としてはかなり厳しい・・・。しかし、意を決して同期に懇願すると、無類ヨーロッパ好きの彼女は嫌な顔一つせず(していたのかもしれないけど)「いいよ、いつもヨーロッパ便代わってくれるし、楽しんできて」と快く(←多分?)代わってくれた。彼女の顔がその時は菩薩に見えた。
先にホノルルに向かった夫が終日自由という日に、私はホノルルに到着した。彼のホテルから私のホテルが近かったので、「○○時くらいにホテルに着くからロビーで待っててね♪」と言っておいた。私は空港からホテルに向かうバスの中でこれからのことを考えてうっとりしていた。クルーのバスがホテルに着き、朝の光に照らされた制服姿の私が降りてくる・・・それをロビーのソファーで目にした彼は、8時間近いフライトを終え、多少の疲れを顔に浮かべながらも、自分を見つけ微笑みを浮かべる新妻を見、いとおしくて思わず抱きしめたくなるに違いない・・・。私は今日のフライトクルーに紹介するわ。「主人です」と。新人の若い子たちは皆羨望の眼差しで私を見て、いつか私もこんな夫婦になりたいと思うのね、そして・・・・。私は1人窓の外を見ながらグフグフ・・・とこみ上げてくる笑いを噛みしめるのに必死だった。
いよいよバスがホテルに着いた。私は飛びっきりの笑顔を浮かべ、バスから降りた。そこにはすぐにでも新妻を抱きしめたいと待っている彼がいるに違いなかった。違いな・・・・、いない! 彼の姿はどこにもいないでないの! はぁ・・・・・? ロビーの端っこのソファにはホノルルの街の至る所で無料で配られている情報誌を広げたダサいオヤジが1人座っているだけ。ねぇ、私の愛する彼はどこよ! ロビーに歩いて行くと、まさか! えっ? マジ? そのダサいオヤジこそが夫であることがわかりつつあった。私は震えた。なぜ? やつは他エアラインのリゾッチャなんて書かれたTシャツを着て、恐らく99セントで現地調達したと思われるビーチサンダルにヨレヨレの短パン。顔こそ情報誌で隠れているものの、そのヨレヨレの短パンに見覚えがあることが決め手となって、そのダサオヤジが夫であるとこが判明した。心の中で「顔あげんなよ。他のクルーがロビーから消えるまで気づくなよ」私は必死で願った。が、その時、ダサオヤジが情報誌から目を離し、こちらの気配に気がついた。目が合った。立ち上がろうとした。私は目だけで「来るな! 動くな!」のサインを送り、目力で彼を再びソファに座らせた。皆がエレベーターに乗るのを見送ってから、鼻の穴全開で彼のところに歩み寄りそして言った。「何でそんな格好でいるのよ!」「えっ? 何でって言われても、ここはハワイじゃん!」
気を取り直して、荷物を持って部屋に行き、「ねぇねぇ今日どうする? どこに行く?」と聞くと「俺、焼きたいんだよね。俺が泊まっているホテルのプールなかなかいいから、行こうよ!」えーーー? ハワイに来て、トド夫婦のようにプールサイドで寝てるだけかい? まぁ明日もあるし、初ハワイの彼に合わせてあげよう・・・愛が確実にあった時代を思わせます。荷物を持って、すぐに彼のホテルの部屋に行った。彼も水着に着替え、さぁプールへと言う時、貴重品を備え付けの金庫に入れた彼がなにやらオタオタし始めた。「やばい、やばい、開かなくなった。暗証番号間違えて入力したみたいで開かなくなった」と青くなっている。2人で必死に説明書を読んで開けようと試みても金庫はうんともすんとも言わない。「ねぇねぇホテルの人に頼んでよ」海外では弱い彼である。仕方なく私はフロントに電話をして事態を説明した。「ホテルの者ではどうすることも出来ないので、業者の人を呼ぶから1時間くらい待って」とあっさり言われる。1時間が裕に過ぎた。ハワイ時間の1時間って何時間のことだ? やっと業者の人が来たのは、2時間が過ぎた頃だった。それからようやくホテルのプールに行ったのだが、オーシャンビューでもないプール。他のホテルの影になって、ハワイの降り注ぐ太陽はどこ? って感じ。夕方からは食事会があるという夫とは無言のまま別れた初日。
2日目。この日はレンタカーを借り、オアフ巡りをしようと決めていた。しかし、会社の研修の規約でレンタカー禁止だったため、私名義で車を借りた。真っ赤なクライスラーのオープンカーを借り、意気揚々とホノルルを出発した。カーラジオをガンガン鳴らし、昨日の悪夢はまるでなかったように・・・真っ赤なクライスラーのオープンカーは街を抜け、パイナップル畑の広がる、郊外へと進んで行った。
「ねぇねぇ昼何食べる?」なんて楽しい気分で信号待ちをしている時だった。それは突然のことだった。いきなり目から☆が飛んだ。一瞬何のことかわからなかった。ただ白い☆が4つ目から頭の上に飛んで行ったのだ。「掘られた!」夫が言った。「えっ?」「だから後ろ突っ込まれたたんだよ」その時やっと理解した。私たちの車に後続車が突っ込んだということが。夫と車から降り、「やばいよ!」と叫んだ。その声で私もすぐに車から降りた。そして絶句した。後続車のフロントガラス一面が真っ赤だったからだ。☆4つレベルでこんな大惨事になってしまうのか? 運転手は無事なのか? 顔面強打? フロントガラスが真っ赤で、運転席の様子が見えない・・・。携帯もない。どうすりゃいいんだ? 恐る恐る車に近付いた。後部座席から奥さんと思われるハワイアンの太った女性が現れ、悲しみというか憎しみのこもった顔で我々を見た。赤ん坊を抱えていた。この2人は無事だったのだ。あの目を見ると、「あなたたち悪くない。でも、この子の父親死んだ」と言っているように思え、足がガタガタ震えた。とその時、勢い良く運転席のドアが開いた。よかった〜どうにか生きてはいてくれた。涙がこぼれた。しかし、えっ? 運転席から小錦と比べたら小柄だけど、普通にいたらかなり体にインパクトのある男性が口の周りから血を流して現れたのある。でも、苦しんでいる様子もない。口の傷の様子から言って大した怪我ではなさそうだ。しかし、フロントガラスは真っ赤で・・・。その時、我々は悟ったのである。すべてを! そーゆーことであったのか! と。
その巨漢運転手の口の横から流れていたものは、血ではなくジャムだった。ジャム? そう、フロントガラス全面におびただしく飛び散ったのも、血ではなくジャム。なんと彼はチェリーパイ、それも1ホールを素手で食べながら、車を運転中、チェリーパイに気を取られ、前の車に衝突! その拍子に持っていたチェリーパイはフロントガラス全面に飛び散った! というワケだ。さっきの奥さんの憎しみを浮かべたようなあの瞳は我々にではなく、そう旦那に向けられていたのね。
とりあえず、すぐそばのセブンイレブンに車を止め、加害者である彼が警察に電話を掛けた。「警察が来るまで少しここで待つ」と言って、彼はアメリカンLサイズのコーラを2つ手に持ち、1つを私たちにくれた。彼が持っていると大して大きく見えなかったのだが、そのコーラは小型バケツ程の大きさだった。彼はそのコーラとホットドッグを交互に飲み食いしながら、至って冷静に警察を待っていた。その横で外国人夫婦2人は彼の大きな心臓に慄きつつ、そしてこの先、警察が来て、どんな展開になっていくか心配でオドオドしていた。
警察官到着。「あぁ、やっちゃったね〜」と汗を拭き拭きやってきた警察官もいたって冷静というか呑気。「うんうん、チェリーパイ食べながら運転してたんだ。わかる、チェリーパイ美味しいもんね。で、ぶつかっちゃったんんだ、うんうん」ってな具合。何のお咎めもなく、むしろ彼に同情的な感じで調書が終わった。そして我々の番がきた。「で、運転してたのは誰?」「彼です」「これレンタカーなんだね、申込書見せてくれる?」「はい」申込書を隈なく見た警察官は「あれ? あんた、車借りたのはあんたじゃないの! でもって、保険もあんたが入ってるんじゃないの」「えっ? それって問題ありですか?」「うん、あるね、問題だね」ヒエ〜〜。私たちが悪くないにしろ、外国での事故、ましてアメリカでの交通事故ってややっこしいんでしょ? 裁判の国だ。マクドナルドのコーヒーを自らこぼしたにもかかわらず、火傷をしたのは熱いコーヒーを出したマクドナルドが悪いと億のお金手にしちゃう国だもん。「私が事故を起こしたのは、派手な赤いオープンカーに気を取られたから! あんな派手な車を借りた奴に責任がある」なんてことになってしまったらどうしよう。「YOUとYOUはどんな関係だ?」「夫婦なんですけど・・・」「なんだ、それを早く言ってよ。夫婦なら何の問題もないよ」おぉ・・・。その後、警察官はレンタカー会社に電話して事情を話し「問題ない。車も凹んだけど動くんでしょ? だったら借りた時間まで乗って返しにいけばいいよ」
その後・・・のドライブ? 2人ともさっきの事故でぐったり疲れてしまい、どこに行ったかもう覚えていない。
そして、4時。レンタカー会社に車を戻しに行った。「大変だったね」と受付のお兄さんに同情されたが、「ごめん、アクシデントレポートが必要なんだ。ここに記入して」とえらく細かい書類を渡された。それを見るなり夫は「ごめん、俺さ、夕方会社のツアーでポリネシアンダンスショー見に行く予定じゃない? シャワー浴びてから行っていい?」と言って、先に帰っていきやがった。何だよ! あんたが英語が苦手なのはわかるが、妻を置いてさっさと逃げるというつもりかい?
1人残された私は住所、氏名、年齢、パスポートナンバーとか基本的な事項を記入し、書類の下半分を占める事故状況という記入欄を目の前に途方に暮れた。口で説明するのはまだいい。適当なジェスチャーを交え、説明だって出来る。でも、私はスペリングがとても苦手だ。未だに「あれ? tomorrow だっけ tommorowだっけ?」なんて一瞬考えてしまう人間だ。そんな私に辞書ナシで文章を書けなんて!
で、どうしたかっていうと? はい、書きましたよ。それは子供の作文より酷い代物だった。
「パイナップル畑の近くにいました。車は信号で止まってました。突然、後ろの車がぶつかりました。びつくり! しました。私はとても怖かったです。警察がきました。説明しました。そして、ドライブをして帰ってきました。とても疲れました」
この旅行以来、私はハワイは好きだけど、ハワイに住みたいという願望は一切消えた。ハワイというと=パイナップル畑=事故を思い出し、あの恥ずかしいアクシデントレポートに行き着くからである・・・。
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