| 家人と私は「恥ずかしい」という感覚がまるっきり違う。家人はすぐに「恥ずかしい」「恥ずかしいから」「恥ずかしくないの?」「恥ずかしいことを!」と常に「恥ずかしい」を連発しているような人間だ。私はといえば、「恥ずかしい」という言葉は、年に数回使うか使わないかのとても使用頻度の低い言葉だ。
まだ家人と付き合いはじめたころ、家人とこの恥ずかしいを廻ってケンカになったことも多々あった。当時の私は「あなたの特技はなんですか?」と聞かれれば
「はい、人を楽しませること、物マネが得意です!」
と即答できるくらい、毎晩風呂の中で物マネの練習に精を出していた。自慢じゃないが、私は高校時代、大学時代、この物マネでラジオ、テレビから出演依頼の声を掛けて頂いて小遣い稼ぎをしていたほどだ。(自慢してるじゃん!)
そうそう、高校時代、ラジオで稲川淳二さんと物マネ対決とかいうコーナーに出たこともある。得意の桃井かおり、欧陽菲菲、薬師丸ひろ子、そして中山美穂をやって、当時まだミポリンのマネをする人が珍しかったこともあり、とても誉めて頂いたことがある。ラジオを聴いた友人にも「ゆか、ミポリンは新ネタだったけど、ラジオを通して聴いたら、中山美穂本人かと思ったよ!」とまで言われたほど。(ますます自慢してるじゃん)
余談になるが、数年後、私が乗務しているフライトに稲川淳二さんが乗られ、私はお話した。
「もうお忘れかと思いますが、以前ラジオで稲川さんと物マネ対決したことがあったんですよ〜稲川さんにとても誉めて頂いて・・・」
「そ、そうなの? へーーーへーーー。そんなことがあったんだ。えっ? 加藤さん? うーーーそうか、へーーー。でも、良かったじゃない。今こうしてスチュワーデスになられてね、ね、ね、良かった、すばらしいじゃない、ね、ね」
特有のしゃべり方で矢継ぎ早に話されまとめて下さっちゃった稲川さん、私は次の言葉を言い損ねちゃいましたよ。
「今でも芸の道あきらめたわけじゃないんで〜! 弟子にして下さい!」と。余談終わり。
そう、それが私の特技なのに、当時まだボーイフレンドだった家人は「ねぇねぇ俺の友達の前では芸は披露しないでね!」といつも家人の友人がらみの飲み会の前には釘をさされていた。
はぁーーーーー? ちょっとそれって私の最大の魅力を認めずに付き合っていることにならない? 例えば、クリームあんみつと普通のあんみつがメニューにあったとしよう。クリームあんみつをオーダーする人ってのは、クリームが食べたいからオーダーするんじゃないの?それなのにクリームあんみつをオーダーしておいて、クリームを残すってあんた! クリームあんみつ頼んだ意味ないじゃん! って何が言いたいのかと言えば、私にとって物マネはクリームなわけです。物マネができる女である私の最大のウリを理解できずに付き合っているあんたは「豚に真珠」よ!「だって、自分の彼女が皆に笑われてる姿なんて見たくないもん」という家人にチチチッ、
「いい? 私は笑われているなんてことは思ったことはない! 私は人を笑わせて喜ばせてあげているの!」
と私は説得したが、「恥ずかしい」言葉を連発するタイプの彼に私の笑いの哲学はなかなか理解してはもらえなかった。
さて、そんな恥ずかしい連発の家人と普通の恥ずかしい感覚のない芸人・私との間に生まれた娘はと言えば、私のDNAをかなり濃く受け継いでいるようだ。芸人である私としては嬉しい限りなのだが・・・でも、やはり時として娘の中から家人のDNAが現れ、私と衝突することもままある。
今年の夏、娘はアメリカンスクールのサマーディキャンプに10日間参加した。その中で、ある日、歌のコンテストエントリー用紙なるものを持って帰ってきた。その用紙には名前、年齢、うたう歌を書き提出し、エントリーする生徒が多かった場合は抽選で決めると書いてあった。娘の中の私のDNAが騒ぎ出したようで、娘は早速サマーディキャンプで知り合ったNちゃんとエントリーすることにしたという。
「何の歌にしたの?」
「スマップの世界にひとつだけの花だよ」
う・・・・・ん(-。-)y-゜゜゜、母(私)は不服。良い歌だけど、インパクトには欠けるわね。
「ねぇねぇ、ゴリエのミッキーにすれば良かったじゃない? あれならアメリカ人も馴染みのあるメロディーだし、チアリーダーの格好で歌って踊ればウケるんじゃない?」
「私もそう思ったんだけど、Nちゃんがわからないっていうから・・・世界にひとつだけの花にしたの」
「ふーーーん」(-。-)y-゜゜゜
そっか、なら仕方ないね〜(納得しつつも不服)エントリーしてからはNちゃんとキャンプの空き時間、スクールバスの中で歌と踊りの練習をしているというのだ。
そしてコンテスト前日「でね、明日はNちゃんも回ると裾が開くようなワンピースを着てくると言ってるから、私もそうするの」
そう言って、長めの裾が広がるようなワンピースを引っ張り出している。地味ーーーーーー。芸人・母またまた不服〜。(-。-)y-゜゜゜
「ねぇねぇそのワンピースではつまらないから、ほらあの天童よしみドレスを着たらいいじゃん」
天童よしみドレスとは一昨年のハロウィンで娘が着たピンクのドレスなのだが、ドレスに電池が内蔵されていてスイッチを押すと、ドレスが無数の電球によってピカピカ光る仕組みになっている。以前それを見たkaoが
「うわーー何それ、演歌歌手みたいじゃない! 小林幸子とまでは行かないけど、天童よしみみたいーーー!」
「誰? 天童よしみって?」とキラキラした瞳で無邪気に聞く娘。
「ほらあの♪なめたらあかん〜のコマーシャルのおばちゃんよ」と答えるkaoに娘は大ショックを受け、それ以来天童よしみドレスは陽の目を見ることはなくなった・・・・そのドレスだ。アメリカンスクールのステージでピカピカ光る、これ目立っていいじゃん!
「えーーーでも、Nちゃんはワンピースって言ってたもん。ドレスならドレスって言うでしょ?」
「いや、Nちゃんにとってはドレスもワンピースなのかもしれない。もし明日Nちゃんがプリプリのヒラッヒラッのピカッピカッのドレス持ってきたらどうする? 一応2つドレスを持って行きなさいよ〜ほらこんなにコンパクトになるしさ」
私は天童よしみドレスを娘の荷物の中に入れようとした。
「えーーー天童よしみドレスはいや・・・目立ちすぎるよ」
あ〜ぁ、歯がゆい! 私は娘のこーゆー女を捨てきれない部分がもどかしくてたまらない。これは家人のDNAがそうさせているに決まっている。
目立っていいじゃない? それに相手はアメリカ人でしょ? 目立たないとだめじゃない! それにあなたは子供でしょ? ママなんて天童よしみドレス着たくても着れないお年頃なんだから!
じゃさーー、とゴソゴソ・・・・次に取り出したのはマイコレクションの中からブロンドかつら、今度はこれを娘の荷物の中に入れようとしたら
「やだ! そんなのかぶらない!」と急いで放り出された。
もーーーーー! 歌も無難、衣装も無難・・・だったらせめて髪形だけでもインパクトのあるものにしないと面白くないじゃない。
じゃ小道具でもと、黄色い造花を手渡したら、それもあっさり却下された。
つまんない。この娘の中に未だ根深く潜んでいる「可愛く決めたい!」「ステキに見せたい」という感情を何とかして取り除かなくては!これが芸人(誰がじゃ?)の子として生まれた娘を育てる私の宿命であろう。
床に放り出されたブロンドのかつらとポツネン・・・と転がっている造花を前に、私は「ちょっとここに座りなさい!」と娘に正座をさせ、コンコンと説教をたれた。
「いい? 多くの人の前で笑いを取るということは決して恥ずかしいことではないの! 笑われていると思ってはいけないの! 笑わせてあげていると思うの。それも才能なの。やるならとことんやらないとダメ! 今回コンテストにエントリーしたというあなたの勇気は素晴らしいと思う。でも、もう少し勇気を持って、恥ずかしがらずにやらないといけないね! わかる?」
娘は困ったの限界と言ったような、迷惑そうな・・・でも「母の真剣」ムードが怖くて無視できないというような・・・どうしてよいのかわからないといった感じでうつむいていた。
「で、どうするの? かつらと花は持っていくの? 行かないの?」と、それこそ目には見えないまでも首根っこにナイフを突きつけられたような脅迫に答えを出し兼ねているところに家人が帰ってきた。
「パパ〜」
救世主の登場に娘はこれまでのいきさつを説明し始めた。それを聞いた家人は、
「俺は彼女のそーゆー可愛く見せたいという感情が女の子らしくて可愛いと思うよ」
家人の横で女全開で深く頷く娘。「でもね!」私の反論を遮るように家人は言った。「あなたは恥ずかしいって気持ちが理解できないんだ! それが普通なんだよ。恥ずかしいという感情がないあんたにはわからないんだよ」
ムッカーーーー! 恥ずかしいという感情・・・、私にだって一応はある。しかし、私のいう恥ずかしいという意味と家人のいうところの恥ずかしいの意味あいにかなりの隔たりがある。私にとっての恥ずかしいは、真剣にしている自分の姿を見られることである。己の中の芸人の血が真剣に何かをすることを邪魔をする。
私は学生時代、運動が得意だった。中学まで他の科目には成績にアップダウンがあったけど、体育の成績だけはいつも5をキープしていた。ところが、女子高に入学して、体育の授業。体育の成績にダンスが取り込まれるようになってから、下降していった。私の通っていた学校は10段階評価で運動5、残りの5はダンスで、総合評価されたんだけど、私はこのダンスで好成績を収めることができなくなった。最も苦手だったのが「創作ダンス」。音楽に合わせて、指定されたステップを入れながら、ストーリーを作り、踊るというものなんだけど・・・これがもう恥ずかしいのなんのって! 曲に合わせて、自分たちでストーリーを決め、踊るのだが、今でも思い出す「木の葉舞う」という踊り。先生が
「さぁ皆さん木の葉になって、さぁ風が吹いてきました。さぁ風に舞いましょう。もっと強い風が吹いてきて・・・さぁ全身の力を抜いて自分が木の葉になったイメージで舞うのです、さぁ舞って」
私は自分が真面目に酔いしれることが恥ずかしくて恥ずかしくて、体の力を抜くことができず、手をバタバタさせ、苦笑しながら、その場をやり過ごすのが精一杯。
先生の声が飛ぶ。
「加藤さん! 真面目に! 体が固い! もっと木の葉になった気分で! ヒラヒラと・・・できないの?」
で、できない・・・。自分が木の葉になるなんて恥ずかしくて・・・恥ずかしくて・・・。また先生の喝が飛ぶ。
「加藤! もっとなんとかならないの? ほらKさんを見なさい。Kさんを見習って!」
先生がお手本にしろというKさんはというと、普段教室にいるかいないかわからないような大人しいタイプの生徒だ。Kちゃんは、目を瞑り恍惚の表情で体育館を所狭しと揺れながら舞っている。入学以来同じクラスにいながら、殆ど口もきいたことのなかったKさんに
「どうしたら恥ずかし気もなくそんな大胆なポーズがとれるのか」と尋ねたくなったほどだ。
Kさんは曲に合わせて、さらに激しく熱くポーズを決め、誰が見ても「木の葉」そのものになって荒れ狂う風の中、ヒラヒラと舞うのだった・・・私はそれを見て「すごい・・・きっとKさんには恥ずかしいって感情がないんだろうな」とただただ尊敬するばかりだった。
今でも木の葉が風に揺れるのを見るたび、Kさんの大胆な木の葉のポーズを思い出し、私は頬を赤らめる。そして、恥ずかしい感情について考え込むのだった。
|