| 新年早々する話ではないかもしれないけど、去年末大阪であった大学生の塾講師が、教え子である小学校6年生の女子を刺殺した事件。
「女子生徒との折り合いが悪く、彼女がいると塾講師の仕事に支障があると思って殺した」
はぁーーーーーー?
彼女を殺したら塾講師の仕事がうまく行くとその大学生は本気でそう思ったのか? 彼は一体どこを見ていたんだろう。人を殺したら、塾講師という仕事はおろか殺人犯として自分がこれからどんな人生を生きなければいけないのか考えることはできなかったのだろうか? 大人の彼が!
折り合いが悪いと言ったって、相手は小学生の女の子じゃないか。折り合いが悪くたってうまくやり過ごせばよかったじゃないか。
しかし、彼がそう考えることが出来たのなら、今回の事件は起こらなかっただろう。
人生の先輩として私は言いたい。世の中、皆自分の思った通りにならないって。でもって、世の中には自分と合わない人間が大勢いるって。私なんか、前の職場でどんなに苛められたか。あいつ(K先輩)さえいなければ、どんなに楽に仕事ができるだろうといつも思っていたって。でも、私はKのせいで殺人犯として生きていくのは真っ平だったし、本当に辛くて辛くて嫌なら仕事を辞めればいいんだと思っていた。その仕事を辞めたくはなかったけど、でも、私にとっての限界が来たときは、辞めればいいやと思っていた。ノイローゼになったり、自分がおかしくなるくらいだったら、仕事なんかいくらでもあるじゃん。殺人犯になるより我慢できることって沢山あるじゃん。
それでは、平成のおしん・カーテンの中の大奥・第2弾、始まりはじまり〜。
K。奴は人を苛めること、人を貶めることに自分の人生を掛けた人。Kは私の4年先輩だった。悔しいけどKの前で当時の私は何一つ反発することはできず、ただただKの餌食として自分の身を差し出す術しかなかった。
あれはソウルが氷つく2月。韓国の2月の寒さったら! 韓国ツアーも2月は激安でしょ? だってあんな寒いソウル、いくら安くたって行きたかないわよ! いや、今の私だったら行くけどね!
そうそんな寒い2月、Kと私は成田→ソウルフライトが一緒だった。スケジュールが発表されてからこの日まで一体いくつの溜息と冷汗と悪夢をやり過ごしてきたことだろう。その苦労も今日までだ。このフライトが終われば解放される。
日韓線、Kはビジネスクラス担当で新人の私はエコノミークラス担当だった。日韓線のフライト時間は2時間弱という短い間で食事サービスから機内販売と毎回バタバタ慌しく時間が過ぎていく。忙しい方が都合が良かった。だって、時間があったらKにいたぶられる時間が増えるだけなんだもん。
ソウルの空港が近づき、ベルト着用のサインが点燈、私は自分のゾーンのお客様のベルトチェックを慌しく済ませ、ビジネスクラスに居るKのところにお疲れ様の挨拶をしに行った。この儀式なしには後で何を言われるかわからない。
私はどんどん低空飛行に入っている機体の中をビジネスクラス目掛け、心臓をバフンバフンさせながら向かった。
Kはお客様からは見えないビジネスクラス横のジャンプシートにいつでも着陸OKといった感じに腰を下ろしていた。
「先輩、お疲れ様でございました!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」恐れることはない。なんてことはない、これまたいつものKの儀式だ。人を頭から足元までくまなく睨みあげ、無視する、彼女のお決まりのポーズ。
「それでは失礼いたします」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
私はキャビンの最後尾の新人ジャンプシートに急いで戻った。窓の外にはすでにマンションやビルがくっきりと見えた。もうすぐ空港だ。
すると私のジャンプシートについているコールが鳴った。
「はい、R5(ジャンプシートの番号)増井です」
「ちょっと来て!」Kからだった。ヒエーーーーさっきの私の挨拶が気に入らなかったとでもいうのか? ベルト着用のサインがついていようが、危険だろうが、Kからの命令は絶対で私はまた席を立ち、Kのいる前方まで向かっていった。
「失礼します」
Kは自分のジャンプシート横のギャレーを指差した。そして言った。
「ビジネスクラスのステーキ余ったから食べなさい」
ギャレーの中には確かにトレーの載せられたフィレステーキが用意されていた。
もう空港は目の前なのだ。着陸は時間の問題。しかし、先にも言ったようにKの命令は私の身の安全とかお客様の安全性とかそんな問題よりもはるかに大事で、私はKに従うしかなかった。
私は高度が下がることによって生じる気圧を身体に感じならが、立ったままギャレーでKの差し出したステーキを食べるしかなかった。何が悲しくてこんなところでステーキを食べているんだ? そんなことを考えてはならない! 考えただけ虚しくなる。Kが食べろと言ったんだからどんなことがあったって食べなければならないのだ。
着陸5分前を知らせる合図が鳴った。
いい加減もう自分のジャンプシートに戻らないとと片付けようとしていたら、Kが「戻りな! 私が片付けておくから」と言う手振りをした。
「すいません」と一礼して席に戻ろうとしたその瞬間、Kは私の使った食器を片付けながら聞こえよがしにこう言った。
「まったく立ったまま、飛行機が着くっていうのに・・・・それでも食べる、本当に卑しいんだから!」
自分のジャンプシートに戻ると涙が溢れてきた。でも、泣いてはいけない! そう、苛められたときのあの呪文。
「育ちの悪い奴に何を言われたって気にしない! 気にしない!」
さて、お客様が降り、そのフライトが終わってもKの生贄が終わったわけではなかった。ホテルまで一緒に行かなければならない。お客様が降りると、自分の担当していたゾーンを忘れ物がないか、くまなくチェックして回らないとならない。ビジネスクラス担当のKはエコノミークラスのお客様が降りている間にそんなことは済ませてしまっているから、エコノミークラスのお客様が降りた段階ですぐに飛行機を降りる準備ができる。大抵ホテルまで一緒に行くとなると待っているか、先に降りる場合でも一言声を掛けて降りるものだが、Kは何も言わないで行ってしまう。私は自分のゾーンを急いで片付けなががら、時間ばかり気にしていた。Kを待たせていけない、しかし早く追いかければ
「あんた、きちんと仕事済ませてきたわけ!」
と怒鳴られるし、いつも通りに仕事をして降りれば
「いつまで先輩を待たせるのよ!」この微妙な時間が難しいのだ。
いつもより早く仕事を終わらせ、Kを追った。入国審査場にもKの姿はない。チェックイン荷物を受け取るターンテーブルのところにいるか・・・いや居ない。税関? ここにもいない。だったら出口のすぐ近くで待っててくれているのか? 急いでドアの外に出たがそこにもKの姿はなかった。
ソウル、機内のキャプテンアナウンスで機長が報告したように今日のソウルは雪が降っていた。まさかKが気を利かせてタクシー乗り場に先に行き、順番を待っていてくれているのか? 急いでタクシー乗り場に掛けて行った。タクシー乗り場は長蛇の列、50メートルくらいに渡って人が並んでいた。私は先頭から順番にKを探して回った。が、Kはいない。
もしかしたらリムジンバスでホテルに向かおうとバス乗り場に行ったのかもしれない。今度はバス乗り場に走った。しかし、そこにもKの姿はなかった。まだ空港の外には出ていなくて、中で私を待っているもかもしれない。私は空港の建物に急いで向かった。そして到着ロビーにKの姿を探した。でも、どこを探してもKはいない。もーーーなんでこんなときに私はKとはぐれてしまったんだろう!
しかし、私がこのターミナルの中でKを待っていて、もし仮にKが外で私を待っていたとしたら・・・? 何を言われるかわからない。私は荷物を抱え、雪の舞う外でなるべくぼっと立ち止まらないように、タクシー乗り場、バス乗り場・・・をただ怒られたくない一心で走りまわった。
寒い・・・鼻の頭は真っ赤になり、ヒールを履いた足のつま先は感覚がなくなり・・・頭の上の雪が解けて髪の毛から水滴がポタポタ落ちてくる、鼻水が滝のように流れてくる。
でも、どこを探してもKはいないのだ。泣きたいーーーー
「ゆかりっち〜! どうしたん?」
右往左往している私に後のフライトで大阪から来た同期が声を掛けた。
「K先輩と同じフライトだったんだけど・・・飛行機降りてからどこか行っちゃって・・・」涙声になった。
「えっ? K先輩ならあそこにいるで。私が降りてきたとき、ドアのところからずっと外を眺めとったで」
まさか! そうなのだ。Kは空港のガラスのドア越しにずっと雪の中走り回る私を眺めていたのだった。
私の考えすぎ? いくらKだからってそんな大人気ないことしないって。被害妄想じゃない? と思っちゃいけない! これがKなんだから。
だってようやく見つけられたKのところに向かった私に普段なら「どこ行ってるのよ! 人を待たせるんじゃないわよ!」と怒鳴るはずのKが、私を見てもニヤニヤ満足げに笑っているだけだったのだから・・・。
恐るべし、K。以前ソウルメイトという本を読んだとき、「貴方の人生で貴方と関わってきたすべての人は何かしら貴方と出会うべき意味があったのです」というくだりがあって・・・。私は一番に考えてしまったのですね。私はKと出会ったことに何の意味があったのだろうと。
でも、このところ私は思うのですよ。あれは神様が私のくれた試練だったのですね。世の中にはいろいろな人がいるということを教えて下さったのですね。そして、どんなに辛いことがあっても何とか切り抜けるだけの根性を私の与えて下さるために、Kは送り込まれてきたのでしょうね・・・。それなら納得できるもの。
お陰様でK以来、あんな強烈な人物は私の前に現れもせず、平穏無事に過ごせてますから・・・感謝感謝、そう思うしかありません・・・よ。
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